『この世界の片隅に』 傘を一本持てきたか

この世界の片隅に

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作品情報

監督・キャスト


監督: 片渕須直
キャスト: のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓、渋谷天外

日本公開日

公開: 2016年11月12日  

受賞

第90回キネマ旬報ベスト・テン 日本映画ベスト1位、日本映画監督賞
第59回ブルーリボン賞 監督賞
第40回日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞
文化庁長官表彰 国際芸術部門

他多数受賞&ノミネート

レビュー

☆☆☆☆
劇場観賞: 2016年11月15日

ちょうど、これを観た日、NHK朝ドラの中に「あなたは淡々としていればいい」というセリフがあって。

ああ、いいね。「淡々と」した暮らしを目指したい。と思っていたところ。

ただ淡々とした暮らしを前向きに送っていた人たちの、送ろうとしていた人たちの、送りたかった時代の人たちの物語を見た。

あらすじ

1944年広島。18歳のすずは、顔も見たことのない若者と結婚し、生まれ育った江波から20キロメートル離れた呉へとやって来る。それまで得意な絵を描いてばかりだった彼女は、一転して一家を支える主婦に。創意工夫を凝らしながら食糧難を乗り越え、毎日の食卓を作り出す。やがて戦争は激しくなり、日本海軍の要となっている呉はアメリカ軍によるすさまじい空襲にさらされ、数多くの軍艦が燃え上がり、町並みも破壊されていく。そんな状況でも懸命に生きていくすずだったが、ついに1945年8月を迎える。(シネマトゥデイより引用)

こうの史代原作「丁寧な暮らし」描写

原作は、こうの史代氏の同名漫画。未読。

もしかしたら太平洋戦時中の市井の人を描いた物語の中では最高峰かも知れない。

もっとも映画では(戦争ドラマでも)戦時中の暮らしがただ描かれた作品はそう多くないので、必然的に戦前戦後背景ベースが多いNHK朝の連続テレビ小説の数々が頭に浮かぶ。

主役のすずさんの中の人も、かつて朝ドラ『あまちゃん』の中の人だった。(その作品は現代ベースなので太平洋戦争は描かれていない)

広島から見知らぬ呉の家へ嫁ぐも、持ち前のフワフワした天然さで前向きに家事に勤しむヒロイン。 配給の少ない中、工夫して作る料理。 着物をバラしてして作るモンペスーツ。

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生活の知恵、遠く嫁入った寂しさ、性格のきつい義姉、可愛い姪…… 前半はそんな朝ドラ要素満載である。 (そして、あのドラマでもこういう風に料理を描いてほしかったんだよねとか、お洒落モンペお洒落モンペとか、1人脳内で朝ドラ比較をするのだった。>)

「傘を1本持てきたか」「はい。」「さしてもいいか」

嫁入り前に「傘を持ってきたかと聞かれたら「はい」と答えなさい」と祖母から言われる すずさん。

そんな古風な言葉の風習と共に、見知らぬ土地に嫁ぐ、昭和初期の時代。

何だか良いよね。いや、よく知らない相手と結婚なんて今なら考えられないけれども、そういう時代がきちんと描かれていることがいいよね。

傘を「さす」のだから、考えてみれば直球よね…(ぃぃゃ…。)

先に起こる悲劇を考えると…

原作は未読だが「広島」が舞台ならば先に何が起こるか見る方も解っているわけである。

物語はすずさんの嫁としての悩みや複雑な恋心という心情ドラマとささやかな暮らしぶりが描かれるが、時は刻まれ次第に空襲映像が増えていく。

この空襲映像が圧巻であった。

綺麗で、そして恐ろしい。

この物語、別にアニメじゃなくて実写ドラマでいいんじゃないと思われる平凡な一家が題材になっているわけだが、この映像表現にアニメである意味が大いにあるのだ。

実写で描けば、ただ、凄いね酷いね、で終わってしまう空襲。
すずさんが絵描き人だからこそ広がるイメージ。

花火のように美しく現実味のない中で逃げ惑う。身の上に起きている事が信じられなかっただろう彼らの日常も、やがて否応なく戦火巻きこまれていく。そこからまたガラッと変わっていく色のない世界。

アニメーションだからこそ表現し得た登場人物の内面世界が描かれる。こんな空襲表現は初めて見た。

日付で表示される「その日」が近付く足音。

晴美さんと見る軍艦

高台から晴美さんと軍港を見るシーンはこの作品の中で切なく痛く心に残る。
指さしては すずさんに説明していた軍艦好きの晴美さん。

「飛鷹」「隼鷹」「利根」「日向」「大和」そして「青葉」…。
沈没した艦もあれば大破した艦もある。

呉は軍港を持つがゆえに激しい空襲に遭った。
でも、そこで暮らす人たちはそれを受け入れていたんだね。

艦たちにとって呉は家だったから。
帰る場所だったから。そこで生きる人たちと同じだったから。

それ故に、玉音放送を聞くそれぞれの思いが、ただ辛い。

大破した「青葉」には、すずさんの想いを絡ませた複雑な事情もあった。
ラストに昇華されるその表現も素敵だった。

実は実写ドラマ化されてました(2011年・日本テレビ系列)

いや…全く覚えていなかったのだが、中盤の水原のシーンで「あれ何か知ってるこの話」と思い、ラストのとあるシーンでも「何か見た事ある気がする」と思い…。

帰宅してGoogleって解った。ドラマ化された物を見ていたのだった。2011年。

北川景子が すずさんだったらしい。(主役すらも忘れてた(笑))

ドラマのレビューも上がっておらず、ツイートしながら見ていた気がするがそのログも残っておらず、とにかく今ひとつなドラマだったという以外は全く記憶の彼方。

ただ終盤の下りがあまりにも唐突で意味が解らずモヤっと終わった記憶だけはあるので、この映画のおかげで何となく解決して良かった(笑)(そこに関しては後ほど のネタバレ欄で)

うん…
そう考えると実写も難しいという話なのかも知れず、ここまで豊かにこの世界を表現できたこのアニメスタッフはやはり素晴らしい。

メモ
追記:2018年7月期、TBSの東芝日曜劇場枠で再びドラマ化されております。すず:松本穂香、周作:松坂桃李、水原:村上虹郎、リン:二階堂ふみ、径子:尾野真千子 脚本:岡田惠和

能年玲奈さんが「のん」さんになっての初仕事

「のん」さん初仕事、ですよね(たぶん)。

実は、この作品、Twitterではそういう方向で盛り上がっている方も多かったので、個人的にはちょっと引いた目で見ていた。

当方は『あまちゃん』の大ファンだし、この人も達者な女優だと思っていた。もちろん嫌いではない。

けれども、中の人応援で盛り上がられると作品がいいのか彼女の復帰作だから騒がれているのかサッパリ解らなくなる。プライベートで何があろうが役者は役者であって、そっちの話題が先行するのはあまり好きではない。

元々アニメの中の人は、見た後にEDで「えっ、あの人だったの!?うわぁ気づかなかったぁ…」と驚かせてもらえるくらいが一番望ましい…というのが個人的な好み。

おかげさまで、冒頭しばらく彼女の顔ばかりチラついて集中できずにいたんですよね。もったいなかった(笑)

しかし、結果、この作品の のんさんは素晴らしかった。本当に素晴らしかった。恐らく知らなければ気づかずに見ていたと思うので、EDで名前を見てビックリしたかったです。。

日本昔話の市原悦子さんのようにフワッとした語り口。 これがコトリンゴの楽曲、そしてふんわりした絵柄と相まって全体を柔らかく包み広げる世界を造り上げていた。

『あまちゃん』の時にも役に入ると化ける人なんだなぁと思ってはいたが、本当に凄い人だったわ。

で、一度見て安心したので、今度は引っかかりなく2度目を観ようと思います。。>

声優さんたちもそうだが、映像表現、言葉、時世を描くための取材力、全て、近年作られる戦争映画の中で一番のリアリティを持って迫ってくる物があった。

アニメなのに…と思われる方もいらっしゃるだろうけれども、実写じゃ出来ない世界がアニメだと作れるのね。ファンタジーの中に散りばめられたリアルが恐怖と悲しみを訴えかけてくる。

この人たちが前を向いて暮らし続けた歴史の上に今の私たちがあるんだ 。
そう思えた。

キャラクターデザイン含め、色合いから演出まで、あまり好き嫌いを考えなくて済む可愛い作画。 恐らくアニメを敬遠し勝ちな人も取っつきやすいと思われる。

もちろん、明るくほのぼの…
だけのアニメではない。

けれども、これを観たら誰でも考えると思う。
淡々と生きていくことの大切さ。
生きていけることのありがたさ。

ぜひ。

 


以下ネタバレ感想

 

すずさんが広島の街をスケッチする…
そのシーンから、もう切ない。

だって、これが失くなってしまう事は誰でも知っているからさ。

けれども、これをスケッチしていたその右手を失くすとは思わなかった。

しかも、可愛い晴美さんが持って行ってしまうとは思わなかった。

玉音放送に怒りと悲しみを隠しきれず地面に伏せて慟哭する。

最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね!!

晴美の名を呼びながら泣く径子。
貰い泣いたわ。ずっと泣く事も忘れて生きて憎んで、逃げるのに精一杯だったんだもんね。

近年の朝ドラでは、玉音放送後は「やっと終わったわねーーふぅ」的な反応が型になっていて、負けて悔しいとか悲しいとか言って泣きわめくヒロインはほぼいない。(やっちゃいけない掟でもあるのか)

この人たちも戦っていたのだと。
まさに耐え難きを耐え忍びがたきを忍び、それでも国のためと信じて踏ん張る事で生きていたのだと。納得できるシーンだった。

戦に負けて。
「人殺しである」という思いを背負い、腕を失くして家族の世話になり、それでも生きて行かなくてはならなくて。

そこからも、暮らしは淡々と始まる。

広島の家族は死んだ。
大切な妹だけがかろうじて生き残った。

兄は骨も残らなかった。
だから、きっと死んでない。

確実に残ったのは、呉の家族と夫の愛。

生きていかなければ暴力に屈したことになる。
だから、暮らしを紡ぎ続けていく。

失った子供の代わりに、広島で新しい命を拾った。
みんなで生きていくんだね。

上に書いた実写ドラマ版では、広島のこの女の子(芦田愛菜ちゃんだったのね)の登場がものすごく唐突で。

いつの間にか広島のベンチで横に居て、いつの間にか呉に居るんだよね。
下手したら妄想なのかと思うくらい。。

たぶん拾ったんだろうとは思ったものの最後まで意味解らず終わったので、この映画でどういう子なのか理解できて良かったわ(笑)

この子はこの物語の未来を描く重要な存在じゃないか。

おそらく、すずさんと周作さんには子供が出来ず、この子は2人の未来を繋ぐのだろう。径子さんにとっては晴美さんの代りに生きる希望となるだろう。

それは血の繋がりではなく。
淡々と普通の暮らしを紡いでいくことが未来へ繋がるんだ。

ふんわりした絵で。
柔らかい言葉で。
強い意志を訴えかけてくる。

この世界の片隅で
素敵な作品と出会えて良かった。

『この世界の片隅に』公式サイト


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★前田有一の超映画批評★
 
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comment

  1. nakakuko より:

    BROOKさん
    私もすっかり忘却の彼方だったんですよね(爆)>ドラマ化
    見ている内に「あれっ」と思うシーンが何か所かあって調べてビックリでした。
    ドラマの方はお薦めしません~~^^;
    そう。ほんわかした絵柄と雰囲気なのに恐怖と哀しさが染み渡るという…いやーー凄かったですね!

  2. BROOK より:

    >実は実写ドラマ化されてました
    えっ?ビックリ!
    まさかドラマ化されていたとは…^^;
    今作はこの感動を上手く言葉では言い表せないような作品でした。
    のんさんの声も作品にマッチしていましたし、
    コトリンゴさんの音楽も非常に良かったです。
    ほんわかした雰囲気の作品ですが、シリアスな部分はきちんと描いていたりと、戦争ドラマではかなり秀逸かと思いますね。

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