『永遠の門 ゴッホの見た未来』あなたはなぜ自分を画家だと思うのか

永遠の門 ゴッホの見た未来

原題 : ~ At Eternity’s Gate ~

『永遠の門 ゴッホの見た未来』

作品情報

監督・キャスト

監督: ジュリアン・シュナーベル
キャスト: ウィレム・デフォー、オスカー・アイザック、マッツ・ミケルセン、マチュー・アマルリック、ルパート・フレンド、エマニュエル・セニエ、ニエル・アレストリュプ

受賞

第75回ヴェネツィア国際映画祭 男優賞受賞(ウィレム・デフォー)

他・アカデミー主演男優賞など多数ノミネート

日本公開日

公開: 2019年11月08日

レビュー

☆☆☆

劇場観賞: 2019年11月12日

 
壮年期から先のゴッホの歴史をほぼほぼ心象風景で描く興味深い芸術調作品。

ゴッホや歴史や絵画に興味のない人は寝るしかない。(ガチで周りにイビキかいてる人が多くてビックリしたわ…)

ストーリー的には特にネタバレもない。ひたすら、観る。聞く。美しい。

このレビューは短感です。

あらすじ

幼いころから精神に病を抱え、まともな人間関係が築けず、常に孤独だったフィンセント・ファン・ゴッホ。才能を認め合ったゴーギャンとの共同生活も、ゴッホの衝撃的な事件で幕を閉じることに。あまりに偉大な名画を残した天才は、その人生に何をみていたのか―…(Filmarksより引用)

絵を見るように観る

ストーリーは、1800年代後期に数多くの絵を描いたオランダの画家、ゴッホの伝記的物語。ゴッホの生涯については本でもネットでもあらかた読む事が出来る。映画はその中のアルル時代から最期までを切り取ったもの。

フィンセント・ファン・ゴッホ
フィンセント・ファン・ゴッホはポスト印象派の画家。1853年オランダ南部のフロート・ズンデルトにて牧師の息子として生まれる。69年グーピル画廊ハーグ支店に就職。76年に解雇され、…

なので「ストーリーを見る」というよりも「絵を見るように観る」つもりでどうぞ。

ただし、その「絵」とはゴッホが描いた数々の作品ではなく、劇中のゴッホが見ている風景のこと。美術館的に楽しもうという目的で映画を観に行くと、思惑が外れることになる。

ゴッホ視点

作品の視点は主に3つ。

  • 誰かが見ているゴッホ
  • ゴッホが見ている何か
  • ゴッホと背景
  • 脳内ぐっちゃぐちゃのゴッホ目線の映像はかなりグラグラしているので、酔う方は注意が必要。座席は遠目に取った方が良い。

    ゴッホが見ている「誰か」がとても多く(演出的にはPOV)、対話シーンはほぼ、ものすごく近いアップ。(マッツ・ミケルセンなんて近すぎてマッツだか誰だか分らなかったもん……)
     

    そして、妄想なのか現実なのかも今ひとつ判断できない。「ゴッホが体験した視点」を体験させられる。気づいたら、いつも独り。気づいたら、いつも病院。悲しいことだね。

    孤独な心情に同調すると『JOKER』並みに持って行かれるかも。

    「こんな風に描くのはおかしい」と決めつけられる時代の堅苦しさに同情する。(もっとも、それすら妄想だか現実だかよく分からないのだけれど)

    耳を切って送る

    ゴッホのエピソードで有名な「アレ」も入ってはいるけれども、描写的には残酷シーンはない。

    耳を切るよりも心を切られるのは、もっと辛いよ。

    ウィレム・デフォー

    ゴッホにそっくり……と言っても、実物は知らないけれども、ゴッホの自画像には似ている。

    自画像 (ゴッホ) - Wikipedia

    姿形が似ているだけではなく、きっとこんな人だったろうと想像力を掻き立てられる。

    何だか恐ろしくて好感は持てず、何だか可哀想で同情はする。

    ウィレム・デフォーにゴッホが乗り移ったみたい。

    アルルの風景もひまわりも好きだったのだろうに、アルルから愛されなかった。

    美しい風景が憎しみに近い悲しさで霞む、何とも言えない後味。

     


    以下ネタバレ感想

     

    上にも書いたが、基本はゴッホの半生を描いたものなのでネタバレというようなものは、ほとんど無い。

    「あなたはなぜ自分を画家だと思うのか」

    という牧師の問いに

    「絵を描く事しかできないから」

    と応えるゴッホ。

    神が与えた才能。そう信じている。それが例え「不快な絵」であっても。

     
    近年では物の見方がとても自由だ。

    ゴーギャンがゴッホに向かって「君の絵は絵の具を置いているだけ」と言っていたが、現代ならばそれもまた自由だ。

    発表の場も、ネットの中にでもフリマでもコミケでも、いくらでもある。

    それと同時に「あの人はおかしい」の基準も自由だ。木の根を描いているだけで気が狂っているなどと言われなくて済む。

    色んな意味で、やはり「早すぎた」人だったのも知れない。

    もっとも……

    発表の場が増え、物の価値の定義が広くなった分、現代では「ひまわり」に53億円も付かないかも知れないけれど。

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    ★前田有一の超映画批評★
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