映画@見取り八段

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『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』なぜホロコースト映画を観るのか

アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち

~ THE EICHMANN SHOW ~ 

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監督: ポール・アンドリュー・ウィリアムス
キャスト: マーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント、ゾラ・ビショップ、アンディ・ナイマン、ニコラス・ウッドソン、ベン・ロイド・ヒューズ、ベン・アディス、ディラン・エドワーズ、ダスティン・サリンジャー、ソロモン・モーズリー、キャロライン・バートリート、エド・バーチ、アンナ・ルイーズ・プロウマン、ナサニエル・グリード、バイドタス・マルティナイティス、イアン・ポーター、ネル・ムーニー


公開: 2016年4月23日  観賞: 2016年5月4日

 

1960年。15年間逃亡生活を送っていた1人の元ナチス親衛隊将校がアルゼンチンで身柄を確保された。
彼の名はアドルフ・アイヒマン。
第二次世界大戦、ヒトラーの命の下で「ユダヤ人問題の最終解決」、すなわちユダヤ人大量虐殺を推進し、命令した男。

◆あらすじ
1961年、ホロコーストに関与し、数多くのユダヤ人を強制収容所に送り込んだ元ナチス親衛隊将校アドルフ・アイヒマンの裁判が行われることになった。テレビプロデューサーのミルトン・フルックマン(マーティン・フリーマン)と、撮影監督レオ・フルヴィッツ(アンソニー・ラパリア)はこのニュースに関心を持つ。彼らは裁判の模様を放映しようと意気込み……。(シネマトゥデイより引用)

 

この作品は、1961年、イスラエルで行われたアドルフ・アイヒマンの裁判を世界にテレビ中継したスタッフを描いたものである。

第二次世界大戦下で事実上ホロコーストに関する指揮をとり、数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に送り込んだとされるナチスドイツの元親衛隊将校。

ここで改めて年号を見て「えーー」と思うのだ。

1961年生まれの人は2016年現在55歳。老人というにはビミョーな若さで、仕事もバリバリやっているだろう現役世代。当然「戦争を知らない子どもたち」である。つまり、この裁判はもの凄く近代に行われているということ。

しかも私たちが今、どんなに歴史音痴でも「アンネの日記」とユダヤ人虐待くらいは解っているホロコーストという世界的黒歴史。この事実はこのアイヒマン裁判で世に知られたのである。

この頃まで、ドイツは当然ナチス政権が引き起こした黒歴史に蓋をして語らないようにしていた。そして虐待された当のユダヤ人たちも語ってこなかったのである。

思い出したくもない惨劇だったということもあるだろうが、どうもユダヤ人社会ではホロコーストから生き残った人たちは「恥」だと思われていたらしい。戦わず逃げてきたくらいの感覚だったのだろうか。真実を知らなければ他人は何とでも言える。

このアイヒマン裁判と、『顔のないヒトラーたち』で描かれたフランクフルト・アウシュビッツ裁判で初めて多くの証言者がホロコーストを語り、世界を震撼させた。

知らない事は罪である。

この裁判は、歴史的にそういう大きな意味のある裁判だった。

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さて、映画の話。

目を覆いたくなるホロコースト映像は多々出て来るが、主題はあくまでもホロコーストの悲劇そのものではなく、テレビマンたちそれぞれの目線から見たアイヒマン裁判。

反共産党員としてアカ狩りに遭い干されていたドキュメンタリー監督、レオ・フルヴィッツは、この世紀の仕事を引き受ける。

しかし「仕事」は甘い物では無かった。

イスラエルには、この裁判でホロコーストの象徴であるアイヒマンを断罪することにより、より団結力を持つ国家を造るという政治的思惑もあった。

また、ナチズムがこの世から消えたわけではなく、この裁判に反対する一派も当然存在する。

アイヒマン裁判のテレビ放映は、危険な情勢の中で行われる大仕事だったわけである。

その上、プロデューサー、ミルトン・フルックマンが用意したイスラエルの撮影クルーたちはユダヤ人であり、アイヒマンへの憎しみでいっぱい。フルックマン本人も収容所体験者である。

強制収容所の記憶を掘り起こされて憎しみで苦しむクルーたち。
憎しみの気持ちもあるが、それ以前にテレビ番組として視聴率を取らなければならない事情を抱えるプロデューサー。
そしてお涙ちょうだい番組ではなく「アイヒマンという人間」を撮りたい監督。

様々な思惑、様々な事情を抱え、それぞれが仕事に挑む。
さぁ、どうなるのか。

というのがこの作品。

サスペンス的な要素も多少はあるが、ほぼドキュメントかと思うくらいテレビ放送事情がしっかり描かれた96分。

戦後70年を過ぎ、ホロコースト題材の映画も角度を変えてきた。
悲劇物語ばかり見てもタオルを涙で濡らすだけでお終いである。

劇中で、裁判なんか何故見なくてはならないんだと笑うスポンサーにフルヴィッツは「勉強のためだ」と言う。

それはこの映画を観ている私たちにも当てはまる問いだと思う。

GW、他に観る映画がいっぱいある中で、なぜこんな大量に人が殺された辛気くさい裁判の話を好き好んで選ぶのか。

私たちはなぜホロコーストを観るのか。

政治家になりたいわけじゃあるまいし、今さら学者になるわけでもない。

それでもこの歴史に目を向けずにいられないのは、ここに人間の根底にある全ての争いの元があるからだ。

妬みから来る虐待。集団心理。徒党。自由の抑制、洗脳、DV、考える事の放棄、嘘。

ただ命令に従うことを善とするアイヒマン・シンドローム。

善良な市民がいつでもファシズムに飲まれる事が出来る要因。

学校など小社会で起きる虐め事件から、ひいては宗教や民族間での闘争、国と国との戦争まで。

全ての要素がホロコーストに詰まっている。

だから私たちは正しく知り、正しく学ぶべきであり、この裁判をこうして世界に放映したこの人たちの功績は素晴らしい。

作品その物は人物の掘り下げなど物語性は薄く、あっさり目。
学ぶための映画。

 

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この世紀の裁判と同時期に世間の関心を惹いていたのが、ガガーリンの世界初有人宇宙飛行とキューバ危機だったというのは興味深い。

そりゃ視聴者としてはそっちを見たいよね。
「今」起きている事をリアルタイムで伝えるのがテレビ中継の素晴らしい所なのだから。

だから、お涙頂戴だろうが、よろけて倒れる証言者の悲劇的映像こそ撮ってほしいのがプロデューサーの本音。

それでも、フルヴィッツ監督はアイヒマンの表情のみに注目し続けた。

結末は「ハンナ・アーレント」などでも描かれた通り、結局アイヒマンという人間は裁判中、何の感情も現さなかった。

アーレント言うところの「凡庸な悪」。
「命令だからやっただけ」であり、その無反応さは病的にすら映る。

フルヴィッツが撮りたかった「人間らしい感情の起伏」はついに姿を現さなかった。
だから、放送が成功してもこの映画の後味は苦い。

過去の記憶に苦しめられた撮影クルー。
「人間・アイヒマン」を視聴者に見せる事に失敗したフルヴィッツ。

それでも、この放送によってホロコーストに苦しめられた人たちの言葉が初めて全世界に伝えられた、それには大きな意味がある。

この部分は『スポットライト』も同じ。
報道の力は真実を隠すことなく伝えれば偉大だ。


『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』公式サイト

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