スポンサーリンク

『楽園』存在せず意味もない

楽園

『楽園』(2019年)感想

作品情報

監督・キャスト

監督: 瀬々敬久
キャスト: 綾野剛、杉咲花、村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、モロ師岡、三浦誠己、大西信満、柄本明、堰沢結愛、筧礼、佐藤浩市

日本公開日

公開: 2019年10月18日

レビュー

☆☆☆☆

劇場観賞: 2019年10月21日

 
友人の近所の家が一軒だけ八分に遭っているという話を聞いた後に観た今作。限界集落の話ではなく、その辺の都市でも職場でも学校でも、あちこちで現在でも現実に起きている事実のメタファ。

「楽園」なんてものはどこにもなく「犯人」も居ない。

限界集落でも都市でもそれらは在る物ではなく創る物。

あらすじ

ある地方都市で起きた少女失踪事件。家族と周辺住民に深い影を落とした出来事をきっかけに知り合った孤独な青年・豪士と、失踪した少女の親友だった紡。不幸な生い立ち、過去に受けた心の傷、それぞれの不遇に共感しあうふたり。だが、事件から12年後に再び同じY字の分かれ道で少女が姿を消して、事態は急変する。一方、その場所にほど近い集落で暮らす善次郎は、亡くした妻の忘れ形見である愛犬と穏やかな日々を過ごしていた…(Filmarksより引用)

エグい村八分物語

観ている間、ずっと鬱々とし、悔しくて悲しくて怒りしか感じられなかった。実はこの前日に『JOKER』を観ており、2日も続けて何というものを観てしまったのだと後悔したくらい(笑)

差別も陰口程度ならまだ耐えられるが、執拗な虐めを見ると本当に何がしたいのだろうとよく思う。相手を抹殺したいのか。死ねば満足なのか。答えはこの作品の中で明確に語られる。

クズだねぇ……人間。でも、私もみんなもその一端なんだよね。

「田舎は恐い」という話ではない

映画の内容に触れるのでネタバレ欄の方に詳しく書くけれども、これは限界集落だから恐いという話ではない。「田舎は恐いね」と傍観的に見ている観客は、その時点で佐藤浩市なのだ。

これは自分と違うものを排除して安心する人間の性を描いた話だと思う。欲しいのは自分だけの安心なのよね。

原作は吉田修一『犯罪小説集』

未読だけれど、原作は吉田修一の『犯罪小説集』の中から「青田Y字路」と「万屋善次郎」を併せて作り上げたものらしい。原作を検索したところ、それぞれの話には実在の事件がモデルとしてあるらしく、前記は少女の誘拐事件、後記は集落殺人事件。

そうやって考えると、このラストに持って来るための繋げ方が神業。

綾野剛×杉咲花×佐藤浩市

「ロクヨン」の時、浩市さまのための映画みたいになっちゃったなぁと後篇でガッカリしたので今回もあまり期待せず観たけれど、そういうものでは無かった。

誰か一人の人気俳優やベテラン俳優に忖度する作りではなく、綾野剛と杉咲花と佐藤浩市、3人ガッツリ、物語の歯車として素晴らしい存在感だった。

それぞれの立ち位置に意味があり、それぞれの身になって考え、そして泣いた。
 

緑と水の多い豊かな田舎の風景が、癒しではなく寒々と感じられる惨酷な映像。

クズみたいな人間だらけだけれど、この映画は好き。

 


以下ネタバレ感想

 

綾野剛から佐藤浩市へのエピソードの繋がりが、病の伝染のように恐ろしい。よく出来た構図。

「田舎は恐い」という話ではない

これを見て「田舎は恐いね」と思う観客は佐藤浩市演じる田中善次郎の映し鏡だ。

善次郎は、村に戻ってきた時には「田舎は恐い」などと思っていない。老人たちから頼りにされ、村おこしを託され、ここで穏やかに生涯をすごすはずだった。燃える豪士を見ながら豪士が犯人だろうと思い込み「なぜこんなことをしたのだ」と、ただ疑問に思っただけ。祭りの炎をただ楽しんだだけ。

しかし、あらぬ疑いをかけられ村八分にされ、誹謗中傷を撒かれ、大事な犬を閉じ込められて、善次郎は初めて知るのである。「犯人」は作られるのだと。
 

豪士は紡に言った。「どこも同じ」。

限界集落だから、田舎だから、ではなく。閉塞はどこででも作られる。差別はどこででも作られ、イジメはどこででも実行され、八分は都会でも起きている。

「楽園」は存在しない。「犯人」は作られる。

 
そして、広呂が言ったように、「お前が楽園を作れ」。

そのメッセージのために東京サイドが必要であり、そこだけがこの作品の希望。

「楽園」は東京にはあるという意味では無く。

それは、きっと限界集落でも作る事が出来る。

戦いは必要だけれど。

犯人は……

「今日からお前の名前はレオだ。」

ラストの回想。

レオに出会った時の、まだ自分がこれからどうなるのか知らない無邪気な善次郎が可哀想で。自分がどうなるのか知らないレオも可哀想で。涙が出た。

どうして人間はこんなに惨酷になれるのだろう。
 

時間が12年前に巻き戻るラストは、鳥肌が立つほど優しく悲しく恐ろしい。

豪士は「友達がいないの?」と声を掛けてくれた愛華の後ろをついて行った。

映像はそこで切れ、豪士が犯人かどうかは誰にもわからない。
 

車は二台出て来る。

レオを捨てた青い車。
豪士が乗っていた白い車。

青い車は恐らくこの劇中のあちこちに出てきているんじゃないのかな。この村の人間なんじゃないのかな。

できたら見直したいくらい気になる。
 

◆トラックバック先
楽園@ぴあ映画生活トラックバック
・象のロケット
★前田有一の超映画批評★
◆Seesaaのトラックバック機能終了に伴い、トラックバックの受け付けは終了させていただきました。(今後のTBについて)