『ぼくたちのムッシュ・ラザール』マルティーヌはなぜ死んだのか

ぼくたちのムッシュ・ラザール

原題 : ~ MONSIEUR LAZHAR ~

作品情報

監督・キャスト

監督: フィリップ・ファラルドー
出演: フェラグ、エヴリン・ド・ラ・シュヌリエール、ソフィー・ネリッセ、エミリアン・ネロン、ダニエル・プルール、ブリジット・プパール、ルイ・シャンパーニュ、ジュール・フィリップ、フランシーヌ・ルール、ソフィー・サンカルティエ、セディク・ベンスリマン、マリー=イヴ・ボールガール、ダヴィッド・ルブラン、ヴァンサン・ミラール、アンドレ・ロビタイユ、ダニエル・ガドゥア、ステファーヌ・デメール、マリー・シャルルボワ、ニコ・ラガルド

日本公開日

公開: 2012年7月14日

レビュー

☆☆☆☆

観賞: 2013年1月28日(DVD)

アルジェリア出身のラザール先生は、カナダ・モントリオールにある小学校に代用担任として赴任してきた。

しかし、そのクラスには触れてはいけないトラウマがあった。
そしてもラザール先生自身にも、触れられたくないトラウマがあった。

あらすじ

突然の担任教師の自殺で揺れる小学校。学校側がショックを受けた生徒たちの心のケアの対応に追われている中、バシール・ラザールが代用教員としてやってくる。ラザールもまた悲しい秘密を抱えていた。ひとりの傷ついた大人が、悲しい現実に直面する小さな子供たちを守ろうとする。(ぼくたちのムッシュ・ラザール [Amazon]より引用)

生徒を守るのか学校を守るのか

教師たちは、生徒たちの心の傷に触れないように触れないように無かった事にしようとする。

その神経質さをラザール先生は異常に感じる。

授業中にふざけた生徒の頭を軽くこづく事すら注意される。
この小学校にはたくさんの禁止ルールがある。

生徒を殴る事。
生徒をハグする事。
肉体的な接触を一切避ける事。

体育の教師は、触れて指導することができないので、仕方なく走らせてばかりいるとぼやく。するとその授業に批判が集まり馬鹿にされる。
生徒に気を使いすぎて息がつまる教師たち。

実は、大人たちも子どもたち以上に傷ついているのである。
しかし、誰もそれを吐き出すことができない。

全ては、ラザール先生の前任の担任教師・マルティーヌの事件が発端。

カウンセラー教師のクレールはいう。

自分の国の話をしたら?

国の話をすることは、ラザール先生自身の傷をさらけ出す事だった。

生徒たちの心を解放するために、ラザール先生は徐々に吐き出させるための授業を始める。

そして、子どもたちの心が暴力を受けて傷ついている事を知るのだった。

きれいな学校で先生が死にました。

青いスカーフを配管に掛け、水曜の夜に。

ママはパイロットで留守でした。すぐ来てほしかった。辛かったです。

先生は人生が嫌になりました。
最後にしたのは椅子を蹴る事です。

先生のメッセージは「暴力」でしょうか。

マルティーヌ先生の死を見てしまったアリスとシモン。
2人がそれぞれ抱える疑惑と秘密。

吐き出させなければ心は詰まったままだった。

暴力を振るえば罰せられます。でも、先生は罰せられません。

死んだから。

生徒たち、特にアリスを演じたソフィー・ネリッセと、シモンを演じたエミリアン・ネロンの自然な演技が素晴らしい。

f:id:nakakuko:20150411033227p:plain

子どもたちは傷ついても普通の顔をして学校に来ている。
蓄積された膿は出さなければならない。

そして、心は開かなければ開かれることはない。

ラザール先生自身が自分の膿を吐き出した詩と、ラストで涙が止まらなくなった…。

先生の授業は生徒たちと先生自身の心を解放した。

傷は隠したり舐め合ったりしているだけでは癒されることはない。

心に受けた暴力から人間を救うにはどうすればいいか。

教育に関わる教師、親、全ての人たちに見ていただきたい作品。

 


以下ネタバレ感想

 

マルティーヌ先生は教室で首を吊った。
理由はハッキリと明かされない。

アリスとシモンは、先生の自殺はシモンのせいだと思っている。
しかし、それを吐き出す道は大人によって閉ざされた。
大人が真実に触れないように隠すように指導してきたから。

マルティーヌには教室で死ななければならないほどの大きな傷があったのだろう。
けれども、それを見てしまった生徒たちは、その事で心を殴られた。
その傷を大人たちは誰も癒してくれなかったのである。

先生はいうのだ。

原因はどこにもない。
教室は思いやりと勉強の場だ。 それぞれの人生を分かち合う場だ。
絶望をぶつける所ではない。

自分の傷に蓋をしていたのはラザール先生も同じだった。

アルジェリアで、教師をしていた妻が書いた国民和解政策の批判本が原因で、妻と子どもは放火によって殺された。
ラザール先生が、カナダに救いを求めて亡命の申請をしている最中の事件だった。

ラザール先生は1人でカナダにやって来た。
誰にも真実は話せないまま苦しみを誤魔化して暮らしていたのだ。

日本のドラマか何かだったら、生徒たちや良心のある親の署名運動とかで学校に残れる結末になっていただろうラスト。この作品では先生はあっさりクビになる。

最後の授業で、自分の傷を子供たちに曝して、「きちんと傷つく事」を教える。

「木とさなぎ」

「不公平な死に何もいう事はない」
「オリーブの木にエメラルド色の小さなさなぎがいた。明日、繭から出てさなぎになるだろう。」

「木はさなぎの成長を喜んだが、もっと一緒にいたいと願っていた。木は不安だった。さなぎを風から守り、アリから守ってきた」

「だが蝶になれば敵や荒天にさらされる。」

「その夜、森で火事が起き、さなぎは蝶にならなかった。」

「明け方、冷めた灰の中に木は立っていた。心は黒焦げだった。火と悲しみに傷ついていた。」

「それからは鳥が休みに来ると、木は目覚めぬさなぎの話をする。」

「心に描くのは、羽を広げ空を飛びまわり、蜜と自由に酔い、私たちの愛を知る大切な者の姿だ。」

教師のハグを禁止された学校で、今日そこを去るラザール先生に泣きながら抱きつくアリス。
全て吐きだした2人がお互いの傷を癒すこのラストシーンに涙する。

傷ついた人たちが、みんな立ち直って幸せになれるように…。
願いのこもった温かいハグ。


ぼくたちのムッシュ・ラザール@ぴあ映画生活トラックバック
・象のロケット
★前田有一の超映画批評★
※ Seesaaのトラックバック機能終了に伴い、トラックバックの受け付けは終了させていただきました。(今後のTBについて)

comment

タイトルとURLをコピーしました