『ホテル・ムンバイ』同時多発テロ事件を逃げる

ホテル・ムンバイ

原題 : ~ Hotel Mumbai ~

『ホテル・ムンバイ』感想

作品情報

監督・キャスト

監督: アンソニー・マラス
キャスト: デヴ・パテル、アーミー・ハマー、アヌパム・カー、ジェイソン・アイザックス、ナザニン・ボニアディ、ナターシャ・リュー・ボルディッゾ、ティルダ・コブハム・ハーヴェイ、ロドニー・アフィフ、サチン・ジョアブ

日本公開日

公開: 2019年09月27日

レビュー

☆☆☆☆

劇場観賞: 2019年10月07日

 

2008年、インドで起きたムンバイ同時多発テロの際、犯人の襲撃に遭ったホテルを舞台に描かれる史実ベースの物語。

11年前、私は何をしていただろう。このテロ事件を日本は記憶に残るほど大きく取り上げていただろうか。どうしてこんなにも記憶に薄いのだろう。「犯人の目的」を考えた時、それ、全然達成されてないよとしか言えない。

そして大きな危険に遭った時、人に頼らず強い心で自分の足で立っている者が残るのだと思い知らされる。こんな事態になってもお客のために力を尽くす従業員の方々こそ戦士。

あらすじ

2008年11⽉26⽇。インドの五つ星ホテルがテロリストに占拠される。⼈質は、500⼈の宿泊客と従業員。特殊部隊の到着は数⽇後。宿泊客を逃がすため、ホテルに残った従業員たち。部屋に取り残された⾚ん坊を救うため、銃弾の中を⾏く⽗と⺟。これは「誇り」と「愛」を懸けた、3⽇間の脱出劇。極限の状況下で、⼈はこんなにも⼈を想えるのか…(Filmarksより引用)

120分ずっと泣く

始まりからかなり早い段階で襲撃シーンは始まり、逃げて隠れての2時間。飽きるだれるそれどころかずっと恐怖に震える。2時間、ほとんど泣いていた。恐くて
 

ルワンダ虐殺を描いた『ホテル・ルワンダ』も酷かったが、こちらも無差別テロである。何の理由もなく容赦なく撃たれる。

物語としての観客の興味は数名の主要キャラクターが生き延びるかどうか。それだけのために続く緊張感。何という映像と演出。

デヴ・パテルは主役だからきっと生き残るだろう。アーミー・ハマーも生き残るに違いない。奥さんはどうだか分らないけれども……。などと予想はするけれど、なるようにしかならないのである。なんせ、本当に無差別なのだから。

見ている間の感情のほとんどは恐怖と怒り。

ホテルマンたちの勇気

ジョン・マクレーンのような凄腕ヒーローが救ってくれるわけではなく、この物語のヒーローは何の特殊訓練も受けていないホテルマンたちなのだった。

銃も持たない料理長が指揮をし、ホテルで働く事を誇りに生きてきたホテルマンたちがワガママなお客の誘導のために力を尽くす。

究極の善意。

確かにお客様はお客様だが、事態がここに至っては、もう客の面倒など見なくても非難は浴びないと思うのである。それでも彼らは彼らの仕事をする。その姿に目頭が熱くなる。

従業員の勇気に泣き、恐怖に泣き、ちょっとホッとすると泣くから、本当に泣きっぱなし……。

2008年・実話のテロ事件

ことは2008年11月26日、夜に起きた。たった11年前、すでに携帯もネット通信手段も世界中にあり、テレビも各家庭に二台はあるだろうという時代。日本はこのニュースをそんなに大きく報道していただろうか。と考える。(実際の事件では日本人が1人犠牲になっている)

asahi.com(朝日新聞社):インドで同時テロ 日本人1人含む101人が死亡 - インド同時テロ
【ニューデリー=小暮哲夫】インド西部の商都ムンバイで26日夜、中心部にある高級ホテルや鉄道駅など10カ所で武装集団による同時多発テロ事件があった。ロイター通信によると、銃の乱射や手投げ弾により日本人

私はすっかり忘れていた。恐らく、「まぁ、恐い…」程度の感覚でニュースを見ていたに違いない。

こういうことが起きるたびに『ホテル・ルワンダ』で描かれた記者の言葉を思い出す。

「世界の人はルワンダに興味を持たない。「まぁ、恐い」とニュースを見て、その後普通にディナーする。」
 

子どものような若者の命を「神のため」などと言って捨てさせる。この事件の主犯者が目的としていたことが映画の中で語られていたような事だとしたら、馬鹿らしいことこの上ない。

世界は悲劇のこともすぐに忘れるが、テロリストのこともすぐに忘れる。

英雄になんかなれないんだよ。

 
惨劇は恐ろしく、映像は時にショッキングで苦しいけれども、

誰かのために力を尽くしてくれる人が居ること、

誰もがみな生きる理由があること、

事件は忘れず、教訓にしなくてはならないこと、
 

そういう根本的なことに気づかされる。名作。

 

 


以下ネタバレ感想

 

デヴィッドと乳母のサリーは出来ているのかな……とか不謹慎なことを考えている場合じゃなかった……。(たぶん、出来てない)

アーミー・ハマーを簡単に殺しちゃう監督の本気。生き延びてほしかったよ。みんなで逃げ延びてほしかった。あの東洋系の女性も。

誰にでもそれぞれの家庭や物語があるのに、一瞬でそれが奪われる。

その目的は、「世界中にもっとこいつらの恐怖の声を聞かせてやれ」

世界がそんなに弱くて優しいとテロリストは思っているのだろうか。

先ほども書いたけれども、そんな声や映像を流したって、人は「怖いね」と眉をしかめ、次の瞬間には平気でディナーに出かけるのである。

 
ザーラが窓ガラスを割って「助けて!!」と叫んだ時、ホテルに背を向けてカメラに向かって喋っている女性アナウンサーが映っている……あのシーンはある意味この映画で一番怖いシーンかも知れない。

彼らの仕事はすでに、テレビのための報道であって、そこに居る人のための報道ではないのだ。

無関心という恐怖。

人間の映し方が秀逸。

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