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映画@見取り八段

自己満足映画批評ブログです。邦画・洋画などジャンル問わず観賞。劇場上映中作品のネタバレ感想は別枠で表記。ランキングは年末総評価まとめで。

『あん』何かになれなくても生きる意味はある

邦画・あ行 日本映画 河瀬直美 樹木希林 永瀬正敏 内田伽羅 市原悦子 水野美紀 太賀 兼松若人 浅田美代子 ★★★★★

あん 

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監督: 河瀬直美
キャスト: 樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子、水野美紀、太賀、兼松若人、浅田美代子

公開: 2015年5月30日

2015年6月1日。劇場観賞


会話も映像もドキュメントかと思うくらい自然だ。小さなどら焼きやの外、空いっぱいに広がる桜。風の音、小豆の声、独特の間。

この人の作る餡はなぜ美味しいのか。なぜこの映画には自然の映像がこんなにも差し挟まれているのか。

その理由をはっきり理解した時、涙が溢れる。

◆あらすじ
町の小さなどら焼き屋「どら春」の雇われ店長・千太郎の元に「徳江」という老女が雇ってほしいと現れる。重労働だからと追い返す千太郎だったが、徳江が置いて行った自家製の餡に引きつけられて身元もよく解らないまま採用。徳江の餡は瞬く間に評判になり「どら春」は客の行列ができるまでになった。しかし、千太郎はある日、恩人である店のオーナー夫人から徳江に関する噂を聞かされるのだった。

 

かつて「らい病」と呼ばれた病、ハンセン病。その呼び名は過去に差別的に使われていたという理由で現在では避けられている。

呼び名を禁じれば過去が消えるわけでは無く、偏見や差別が消えるわけでもない。むしろ、名前を消したという記憶は忌むべき物としてより鮮明に人の記憶に残る。呼称を変えたくらいで差別は簡単には消えないのだ。

日本の療養所の現状

現在、全国13か所の国立ハンセン病療養所と全国2か所の私立ハンセン病療養所(神山復生病院待労院診療所)に約2,600人(2009年5月1日現在)が入所している。ほとんどがすでに治癒している元患者である。平均年齢約80歳である。高齢と病気の後遺症による障害、さらにかつて強制的に行われた断種手術、堕胎手術のために子供がいない元患者が多いことから、介護を必要として療養所に入所しているのが実情である。また、社会復帰するための支援を行っているが、実際に社会復帰できた例は少ない。(wikipediaより引用)

 

こういう現実を知らずにいた。病名は耳にするものの現実に現在も療養所は存在し、壁の外に出られない人たちが暮らしているなどと考えた事も無かった。

もちろん、現実に壁があるわけではない。が、人々の心に壁がある。「偏見」という名の超え難い壁。

消えない壁の中で生きる人たちが、それでも生きていく意味を訴えかけてくる。そして、何かになれなくても生きている事が許されるのだと教えてくれる。

自然の映像が美しくても、樹木希林さんが可愛いおばあちゃんでも、作品から発せられるエネルギーは決して「癒し」ではなく、テーマは重い。だって理不尽な話なのだから。

重々しい中に存在する凛とした佇まいと自然の偉大さ。日本の風景は本当に美しい。美しいのは心があるからなのだとしみじみ思わされる。

小豆に語りかける徳江さんは小豆の精のようで、鍋をかきまぜる様子は可愛らしくて、窓の外から徳江さんを見て微笑む千太郎の気持ちがよく理解できる。

超えられない「壁」の中にいる者同志。徳江さんの存在は千太郎にとって「売れる餡」以上のものになっていく。

エピソードとしてちょっとハンパに思える部分といえばワカナの親子関係。しかしドキュメンタリーっぽい演出に流されてあまり気にならずに終わったかなぁと…。

『奇跡』ではカワイイ小学生だった内田伽羅さんも高校生役…。横顔が本木雅弘さんにそっくり過ぎて驚くくらいのシーンがあった。ホント、父親に似るもんだなぁ。  

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祖母である樹木希林さんとは『奇跡』に続く共演。もっとも『奇跡』では絡みは無かったので、今回はホッコリする会話シーンがあって良かった。地でもこうなのではと思わされる自然な空間。


家に帰ってからも様々なシーンを思い出して泣いた。風の音に耳を傾ける。花を見る。月を見る。そうか、そうやって生きていくんだね。

この人たちがそれに気づいたのも、そうやって生きていかざるを得なかったから。「生きる意味」を考えなくては、理由づけなくては生きていけない人が居る。

そういう存在を生かすのが自然だけでは無く人でありますよう。

生かす人にならなくてはいけない。そう気づかされる。

 

ここから下ネタバレ観てない方は観てから読んでね 


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私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。
この世はただそれだけを望んでいた。
  だとすれば、何かになれなくても私たちには生きる意味があるのよ。


「私は」ではなく「私たちは」なのだ。

徳江さんは千太郎のどら焼きを食べて気づいたのだ。千太郎の「壁」に。

過去を許されず未来を生きられない偏見という壁。

千太郎にとって徳江さんはまさに小豆の妖精だったのだ。
でも、助けられなかった。その事を徳江さんは責めていない。

行列が出来るほど繁盛した部分以外は理不尽で占められる作品である。

だから、徳江さんの手紙語りと共に映される風は桜は水は…美しいけれども決して癒されるものではない。

むしろ、自然は見ている者に訴えかけてくる。守れるのか守れるのか守れるのか。

理不尽と闘う人たちも自然も。守れる人間でいろと。

『あん』公式サイト

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